「せんそうはんたいツアー」を終えて~村井守~

「せんそうはんたいツアー」は、2008年1月21日、東京はお台場にあるZepp Tokyoでの公演をもって幕を閉じました!!

来ていただいた皆さん、どうもありがとうございましたぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


2005年の「世界ツアー 2005」以来の銀杏BOYZのツアー。

今回のツアーは7箇所だったけど、そのときは44箇所だった。
ツアー初日の熊谷でミネタが肋骨を骨折…。
10会場以上で会場の電源が落ち、ミネタがヴォーカルマイクからの漏電で感電。長野では足を骨折、そのまま現地入院…。
米子では頭を打って救急車を呼んだりもした。
そしてZepp Tokyoではアビちゃんが額から流血、傷口から大量の血を吹き出しながらライヴを続けた…。

延期、再延期公演で7月に終わる予定だったツアーは、結局9月に全公演を終了させた。


たくさんの予想もしないハプニングや、怪我もあったが、毎日毎日メンバーやスタッフと顔を合わせ、車の中でミネタがつくったミックステープを聴きながら全国を移動し、飯食ってタバコ吸って、しゃべって、UNOして…、楽しいことばっかりじゃなかったはずだけど、今思うと断トツに楽しかった。
各地でゲストとして出演していただいたバンドとの共演も刺激になった。

そして会場に行けば、初めて行く土地にも関わらず、ぼくらを待っていてくれる人たちがいたのですぅ!!!!


ステージに出て、ドラムセットの椅子に座り客席にゆっくりと視線を向ける…。


ぼくらを観にきた人たちの期待や喜びようが、狂った叫びやそのイってしまっている目からビンビンに伝わってきた。
観にきた人たちとメンバーと、その会場に漂う酸素や二酸化炭素、楽屋のボロボロのソファーに潜むダニまでもが、真っ赤な熱気の渦に包まれた。

なにかわからない大きな力がバンドを動かしていた気がする…。
骨折でよかった、誰も死ななくてよかった、と本気で思えるツアーだった。

音楽があって、会いにいくぼくらと会いにくる彼ら(彼女ら)がそこにいるだけで、なにものにも例えようのない、すべてを超越した空間が生まれた。


「ぼくはとんでもないとこにいたんだ…」

これまでの人生で断トツだった。
27歳にして断トツな経験をした。
ステージから見た景色は、美しいとも醜いともいえるそれはそれは人間の想像を遥かに超えた景色だった。
そこにいれたってことは、ぼくにとっては物凄いことだった。


…けれどふとひとりになると、とても怖くなるときがときどきあった。

終わりはこないんじゃないか、と思ったほど長い長いツアーを終え、日比谷野外音楽堂で行われた単独公演「銀杏BOYZ 野外毒演会2005 ~こけし軍団、起立!!~」を終えたとき、なにかやり遂げたという充実感に満たされたと同時にその怖さからも解放された気になった。

年が変わり2006年、バンドのドキュメントDVDの編集作業で、「銀杏BOYZ 世界ツアー 2005」のライヴ映像や、バンド結成から撮りためた2000本に及ぶテープを片っ端から観た。
ライヴ映像では、ステージのメンバーを見つめるみんなの表情をまじまじと観た。
まるで獲物を睨みつける野獣のような目でステージを見つめるひと。
ちょっとの動きも見逃すまいと瞬きをせずカッと目を見開いているひと。
母親が息子を見つめるように、ステージにいるメンバーを包みこむような目で見つめるひと。ゲラゲラと笑いながらステージを見つめるひと。
溢れる感情をおさえきれず、大粒の涙を流すひと。

そういう映像を観て涙が出た。「このとき、紛れもなくぼくはここにいたんだ」と考えると、いよいよ感情が高ぶり、本当は編集しなきゃいけないのに、主旨を完全に忘れて映像に見入っていた。


編集に明け暮れた2006年は、これまでを振り返る年でもあった。
けれどその作業が、ツアーでバンドを包んでた「なにかわからない力」をわかった気にさせて、変な安心感と満足感をぼくに与えた。

そんなフニャちんになったぼくと、いろんな不幸が重なり、最終的にお化けにとり憑かれたアビちゃん、更にアビちゃんから霊をもらっちゃうチンくんらの影響で、その後のバンドはもうガッタガタだった。


「終わった…。」


何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も胸の中でそう思った。


けどだれも本気で「終わりにしよう」と言ったことはなかった。


2007年。
ドキュメントDVDを出した。その作品が映画館で上映されることが決まった。
シングルを出した。山形の母ちゃんから「新聞のシーデーランキングさ載ってけぞー!」と電話がきた。
初めて海外でライヴをした。
台湾人の友達がたくさん出来た。
ニュース番組に生出演した。
演奏を終えると、スタジオの奥の方から拍手の音が聞こえてきた。その拍手は徐々に大きくなっていき、いつまでも鳴り止まなかった(番組のスタッフの方々からの拍手の音は、いまでも耳から離れません)。


そのひとつひとつがどれも言葉には出来ない大きな大きな出来事だった。



そして全国ツアーをすることが決まった。


全国ツアー…。


ぼくらを観にくるひとたちに会いに行く…。

そのときのぼくは情けないことにツアーに行くことなんてしばらく想像していなかった。
また怖くなってきたけど、同時にワクワクしてドキドキして、もうたまらなかった。

12月10日の東京、新木場 STUDIO COASTを皮切りに始まったツアー。
ぼくは今回のツアーでは、だいたいライヴの前の日は興奮してほとんど寝れなかった。

ステージにあがり、ドラムセットの椅子に座る。
客席に視線を向ける。
イった目つきでぼくらを見つめるひと。
ミネタの登場と同時に地響きがした。
「ヌオッー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
喜びの、狂った歓声が聴こえる。

たまらなかった。


新潟。

札幌。

名古屋。

福岡。

大阪。


東京はお台場でのツアー最終日。
の前の日、やっぱりぼくはいてもたってもいられなくなって、どうせ寝れないならと、ひとりお台場に向かい温泉施設「大江戸温泉物語」へ入った。

天気予報では20日夜から21日の朝にかけて雪が降るって発表されてたから、東京で雪を見ながら露天風呂に入ったら最高だろうなぁと思ったが、結局雪は降らなかった。
けれどあまりに気持ちよくて、四時間くらいはお台場の天然温泉につかってた。


最終日当日、これまでのようにメンバーと顔を合わせ、ツアースタッフと顔を合わせた。

照明、音響、ステージまわりのそれぞれのツアースタッフとは、年明けに富士急ハイランドに行って宇宙レベルな地獄のローラーコースター「ええじゃないか」に乗ったり、地獄の罰ゲーム付き「UNO/せんそうはんたいシリーズ 2007-2008」をやったり、様々な地獄を共に共有してきた仲間だったから、またしばらく会えないことを思うとやっぱり少し寂しかった。


リハーサルでのミネタは肋骨にヒビが入ってる人とは思えないほどの歌いっぷりだったが、楽屋に戻るとわき腹をおさえて苦しそうな表情を見せた。


午後5時30分、開場。
会場にミネタがつくったミックステープが流れる。

午後6時35分、会場に「大地讃頌」が流れる。

会場に響く歓声。

ステージに向かう直前にミネタがメンバー3人に「もしもオレが歌えなくなっても絶対に最後までやめんな!!」と言い、最後に
「これが最後だと思うなよ!!!!これで終わりだと思うなよ!!!!」と檄を飛ばした。


ステージに向かう。
ドラムセットの椅子に座る。
視線を客席に向ける前にたくさんのひとの歓声が胸を「どんっ!!」と押した。
観にきたひとたちのすべての感情をごちゃまぜに含んだ叫び声が会場を揺らして、それが風になってぼくの胸を押した。

ぼくは一瞬息がつまって、目から涙がこぼれた。



ライヴ中、ミネタを見ると、骨が折れるんじゃないかってくらい自分の右足を思いきりマイクで殴りつけていた。
肋骨が折れている痛みはぼくらの想像をはるかに超えていて、ライヴ前に楽屋でわき腹をおさえるミネタに「今日一日乗り切りさえすれば…、」なんて軽々しく言った自分が恥ずかしくなった。


ライヴ終盤ではチンくんがおでこから血を流し、顔面血だらけでギターをかきむしっていた。


1、2、3、4…


最後の曲『僕たちは世界を変えることができない』が始まる。
この時間が、この瞬間が終わらないで欲しかった。
目をつぶる。
ぼくの目の前にはミネタの大きな背中が見え、その奥にはたくさんのキラキラした顔がこっちを向いている。
目をあける。
やっぱりぼくの目の前にはミネタの大きな背中が見え、その奥にはたくさんのキラキラした顔がこっちを向いている。

たまらなかった。
誰にも邪魔できない完璧な空間だった。
ずうっと永遠にこの空間にいたかった。

きっと時間が経てば、記憶はどんどん薄れていく…。
いつかきっとぼくは今日のことを忘れる…(特に人一倍記憶力ねえしー)。

だからこの瞬間が永遠に続けばいいと願った。



ライヴが終わり、チンくんはすぐに病院に向かっておでこのパックリ割れた皮膚を三針縫った。ミネタも打ち上げには参加せずにカメラマンの木本と中野へ帰る。

アビちゃんとツアースタッフと下北沢で飯を食べ、夜中の4時くらいにスタッフの石川くんと吉祥寺に戻った。
空を見上げると黒みを帯びた透明の空にまあるい満月が堂々と光っていた。しばらくふたりで月に見入っていたが、数時間前のあの歓声がフラッシュバックして足がすくみ、我にかえった。

今回のツアーを終えて、「なにかわからない大きな力」はなんなのかわからないままだし、やり終えたっていう満足感や、たまにくる怖さから解放されたっていう感覚はない。

ただあれは完璧な空間だった。パーフェクトワールドだ。

断トツっすぅー!!!!!!

あ゛ー!!
ツアー、またやりたいでっす!!!!!!


来ていただいた皆さん、本当にどうもありがとうございました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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